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ムエタイ入門(14回)

    
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ムエタイ入門(14回)

「ムエタイは弱くなってしまったのか?」

今回も現代のムエタイが以前のムエタイに比べて弱くなってしまったのかというテーマについて考えてみたい。随分話が長くなってしまったが、現代ムエタイの代表的な選手の一人であるヨードウィチャー(17歳)が仮に30年前の絶頂期のディーゼルノーイ(現在51歳)と対戦した場合、一体どういう結果になるのかという話である。

ディーゼルノーイが伝説の名選手であるのに対し、ヨードウィチャーは、同じく若干17歳のセーンマニー・ソー・ティアンポー選手とともにタイ国スポーツマスコミ協会の選定する2012年度最優秀選手(MVP)に輝いたばかりの現代ムエタイを代表する選手である(ちなみに、数十年にわたる同MVP賞の歴史の中で2人の選手が同時にこれを受賞したというのは今回が初めてのこと)。

まず考慮しなければならないのは、この30年間においてムエタイの技術は大きく様変わりしているという点だ。これはヨードウィチャーとディーゼルノーイが共に得意とする首相撲においても同様である。実際、ディーゼルノーイが得意とした、首を両手で掴んで左右に振ったり、首をぐいぐいと落としたりしながら相手の動きをコントールして膝を叩き込むというテクニックは、今のムエタイの試合ではあまり見かけない。

とりわけ下から相手の腕の内側をスルスルと手を滑り込ませるようにして相手の首を取るという教科書通りの方法よりも、むしろルーククワーンナーとかルークダンナーと呼ばれる外側から手を伸ばして相手の顔面やあごを押さえながら膝を蹴るテクニックの方が今では一般的である。両選手が腕を伸ばしながら行うポジショニング争いはライケーンと呼ばれるが、これが現在のムエタイにおける首相撲の見どころの1つとなっているのではないだろうか。

そして、ライケーン後に組み合う場合でも、掴む箇所は首ではない場合が多い。例えば、片方の手を相手の脇の下から、もう片方の手を相手の肩越しから回して組み合う方法(大相撲でいうところの右四つまたは左四つ)、相手の顎の下辺りに頭をくっつけた状態から膝蹴りや肘打ちを狙う方法、またはラットエオと呼ばれる両手を相手の脇の下から回してロックする方法(大相撲でいうところのもろ差し)などがある。

さらに、相手の首を掴む場合でも、昔ディーゼルノーイがやっていたような両腕で相手の首を挟み込むような方法ではなく、子供のケンカのようにヘッドロックした状態から膝蹴りを繰り出す選手が多い。

そもそもタイ語で首相撲のことをプラムというが、これは単に「取っ組み合い」という意味であり、ムアイプラムと言えばレスリングのことを指す。つまり、プラムという言葉には「首」という意味は全く含まれてはいないのだ。
いつの時代のことであったのか私もよく知らないのだが、タイ語のプラムに「首相撲」という訳語が当てられた理由は、当時日本人の目に映ったプラムの印象が首の取り合いだったからではないかと思うがどうであろうか。

もしかすると、今のムエタイにおけるプラムは、首相撲というより、むしろ「廻しのない大相撲」または「寝技のないレスリング」とでも表現した方が良いかもしれない。それくらい多彩な技術が駆使されているのだ。

いずれにせよ、現在に至るまでのムエタイにおける首相撲テクニックの変化は進化と呼ぶべきものなのだと思う。仮にディーゼルノーイとヨードウィチャーの首相撲対決が実現するとしたら、多くの人が「ヨードウィチャーごときの若造があのディーゼルノーイに勝てるはずがない」と思うかもしれないが、筆者はそうは思わない。ディーゼルノーイが1980年代初頭のテクニックを駆使して首相撲を仕掛けてきても、ヨードウィチャーはより洗練された最新のテクニックをもって対処してしまうのではないかと思えて仕方がない。

ディーゼルノーイが両手で首を取りに来た場合にヨードウィチャーが具体的にどのように対処するのかは、本人に聞いてみないとなんとも言えないが、やはり何らかの方法で簡単に対処してしまうような気がする。なぜなら、毎日の試合の積み重ねを通じて、より確実に勝てる方法を模索しながら進化しているのがムエタイという競技なのだと思うからである。

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~続く~

写真 『セーンマニー・ソー・ティアンポー:ヨードウィチャーと並び今最も注目を集めている選手。ファイトマネーは12万バーツ』

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