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ムエタイ入門(21回)

    
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ムエタイ入門(21回)

ムエタイにおいて本当にラウンドごとに採点が行われているのか?という疑問について、次の試合を例に挙げて考えてみたいと思う。

2014年2月28日
ルンピニー・チャンピオン・グラゥークグライ興行
(新ルンピニースタジアム創立記念興行)
ルンピニースタジアム・ライト級王座決定戦
P132契約
シンダム・ギアットムー9(赤)
VS
パコーン・P.K.セーンチャイムエタイジム(青)

まず覚えておいて欲しいのは、ムエタイにはお決まりのスコアパターンがあるということ。これは、前回も書いた通り、圧倒的大差なら50対47、ある程度の大差なら49対47、接戦なら49対48というものだ。このパターンを念頭においてシンダム対パコーンの一戦を振り返ってみたい。

シンダムもパコーンも「シンラパムエタイ」で取り上げたことのあるくらい有名な選手なので、ご存知の方も多いかと思うが、簡単に紹介しよう。現在30歳のシンダムは、2002年にタイ国スポーツマスコミ協会から年間最優秀選手に選出されて以降、十数年にわたって休むことなくずっとトップ戦線で活躍してきた選手。一方のパコーンは23歳。長い間、年間最優秀賞とは無縁であったが、2013年度はタイ国スポーツ局からMVPに選出され、ヨードムアイの仲間入りを果たしている。

2014年2月28日に行われたこの2人の対戦は、インターネット上に動画がたくさんアップされているので是非見て頂きたい。

この試合は132ポンド(59.87キロ)契約だが、シンダムの方が圧倒的に大きく見える。パコーンの通常体重は練習後で63キロ、何もしていない時だと65キロだというが、僅か数年前までは122ポンド(55.33キロ)くらいでも試合をやっていたことを考えると、この階級で10年以上やっているシンダムに体格(ループラーン)で劣ることは仕方ない。

まあ、とは言ってもタイ国スポーツ局のMVPに選ばれたばかりで今をときめくパコーンのこと。試合前のバイウィチャーン(勝敗予想表)では一応パコーン有利と出ていた。ところが、試合が始まると体格で勝るシンダムが上手にミドルキックを使ってパコーンの攻撃を寄せ付けない。賭率は次のように推移した。

1R終了時点:シンダム有利1対1
2R終了時点:シンダム有利3対2
3R終了時点:シンダム有利4対1
4R終了時点:シンダム有利20対1

4R終了間際にパコーンのパンチが何発かヒットする場面もあったが、シンダム有利は動かず、5Rが始まった時点で場内は静まり返り、パコーンに賭けている側には諦めムードが漂っていた。

こういう流れの試合はまさに49対47のパターンである。審判によっては50対47を付ける人もいるかと思われる内容だ。ラウンドごとの採点は例えばこんな感じであろうか…(ムエタイにおいては、通常1Rと2Rは様子見であり、また、最終ラウンドにおいては、勝っている方が防御に徹するため、1R、2R、5Rを10-10以外で採点をすることは変な話のようにも思うが、この問題については、とりあえず無視する。)

1R 2R 3R 4R 5R 合計
シンダム 10 10 10 10 9 49
パコーン 10 9 9 9 10 47

1R 2R 3R 4R 5R 合計
シンダム 10 10 10 10 10 50
パコーン 10 9 9 9 10 47

ところがである!実際の試合においては5ラウンドにどんでん返しが待っていた。既に賭率はシンダム有利50対1から100対1くらいまで流れていたが、パコーンの強烈な左フックを食らってシンダムが倒れてしまったのだ。すぐに立ち上がって来たためダウンは取られなかったが、効いていることは明らかで、数秒後にはパコーンのパンチの連打を食らってまたも倒れてしまった。シンダムはここでもすぐに立ち上がりダウンは取られなかったが、場内は大興奮。結局試合終了のゴングが鳴る頃にはパコーン有利15対1と逆転を許してしまい、パコーンがこの試合の勝者となった。

まあ、これだけ派手な逆転劇を見せつけられるとパコーンあっぱれと言うしかなく、観客もこの試合結果には納得しており、ブーイングも審判への抗議も全くなかった。

しかし、僕はこの判定はおかしいと思う。何がおかしいかと言うと、勝ち負けではなく、その採点内容である。1人の審判は47対48、そして残り2人の審判は48対49と付けているのだ。特にこの48(シンダム)対49(パコーン)という得点を付けた審判はおかしいと言わざるをえない。

最終ラウンドはパコーンが圧倒的に有利であったことから8対10が妥当ではないかと思う。そうするとシンダムの48点というのは十分に理解できるが、問題はパコーンの49点である。5Rにパコーンが大きな見せ場を作ったことは事実だが、だからと言って4Rまでの失点はカバーできるものではないと思われる。上記の表に従うと、パコーンが49点を確保するには、5Rで12点もらわなければならない計算になる。もちろんそれは無理な話だ。

なぜこのようなことが起こるかと言うと、やはり日頃からラウンドごとに採点していないためであろう。だからこそ、今回のように予期せぬ展開となった場合にスコアの帳尻が合わなくなるのだと思う。

基本的にタイ人は、その場主義的な考えの人が多く、あまり深く考えることはしない人が多いため、このラウンドごとの採点という建前についても、自分または自分の選手が負けた際に、「どのラウンドで取られたのだ?」と言うくらいで、それ以上は考えていないように見受けられる。しかし、日本人がタイでムエタイに挑戦する場合は、判定における本音と建前という部分、さらには、ムエタイが賭けの対象であるということが判定にどう影響するのかということについて、もっと意識するようにした方が良いのではないかと思う。ムエタイの審判は、実際にはラウンドごとに採点していない可能性があるのではないかと考えるだけでも、試合運びが大きく変わってくるのではないだろうか。

136-1

~続く~

写真撮影:早田寛
『試合終了後パコーンは歓喜の雄叫びを上げた』

 

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