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ムエタイ入門(24回)

    
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ムエタイ入門(24回)

さ~て、今回は何を書こうかと考えていたのだが、ふとムエタイ選手の境遇という言葉が頭に思い浮かんだ。端的に言うと、「ムエタイ選手は貧困から脱出するためにこの道を志すのか?」という疑問である。タイというと、「女なら売春婦、男ならムエタイ選手」というイメージを持つ人もいるようだが、このような見方が的を射ているのかどうかを今一度考えてみたい。

僕の机の下には過去10年分のムアイサイアム誌(ムエタイ雑誌)が何百冊と山積みになっているのだが、その雑誌には「有名選手への50の質問」というコーナーがある。このコーナーを読むと、多少なりともムエタイ選手たちの境遇というものが分かる。今回は、ここに取り上げられている選手たちが、どのような家に生まれ、どのようにしてムエタイを始めたのかをアトランダムに15人分ほど見てみよう。各選手の名前は、雑誌に掲載された時点のものである。既に名前が変わっていることもあれば、もう現役を退いている合もあることを予めご了承頂きたい。

パジョンスック・ポー・プラームック(2011年時点)
出身地:ナコンナヨック県
親の仕事:なんでも屋(請負業)
ムエタイを始めた理由:好きだから

リンロム・トー・チャルームチャイ(2005年時点)
出身地:トラン県
親の仕事:商売/天然ゴムの栽培
ムエタイを始めた理由:元々父親がムエタイを好きだったから

ヨードトゥアントーン・ウィラマノークン(2009年時点)
出身地:ローイエット県
親の仕事:農業(米作り)
ムエタイを始めた理由:好きだから

コムパヤック・ビームディーサイ(2006年時点)
出身地:トラン県
親の仕事:天然ゴムの栽培
ムエタイを始めた理由:自分も親も親戚もムエタイ好きだから

ダーラーエーク・ギアットガムトーン(2011年時点)
出身地:ナコンシータマラート県
親の仕事:天然ゴムの栽培
ムエタイを始めた理由:自分も父親もムエタイが好きで、近所にムエタイジムがあったから

ジェンロブ・サックホームシン(2007年時点)
出身地:サムットプラカーン県
親の仕事:なんでも屋(請負業)
ムエタイを始めた理由:好きだから / ジムで選手たちが練習しているのを見て興味が沸いたから

パコーン・サックヨーティン(2008年時点)
出身地:サムットプラカーン県
親の仕事:家具関係
ムエタイを始めた理由:小さい頃から好きだったから

シントンノーイ・カーイアディソン(2005年時点)
出身地:ナコンラチャシーマー県
親の仕事:商売/ムエタイジム
ムエタイを始めた理由:父親が昔ムエタイ選手だったため

パランチョーク・PKP・ラチャノン(2008年時点)
出身地:カンボジア
親の仕事:幼い頃に両親に連れられてカンボジアからタイにやってきたが、7歳の頃両親は捕まってしまい、それ以来両親とは会っていない。
ムエタイを始めた理由:当時面倒をみてくれていた警察官からムエタイを習ったため

ジョームポップ・ギアットポンティップ(2004年時点)
出身地:パッタルン県
親の仕事:家具関連の技術職/ムエタイジム
ムエタイを始めた理由:実家にムエタイジムがあり、父親に仕込まれたため

ラゥーペット・ポー・ウォラシン(2007年時点)
出身地:ローイエット県
親の仕事:農業(米作り)
ムエタイを始めた理由:好きだったし、両親も反対しなかったから

ヨードクンポン・シットモンチャイ(2012年時点)
出身地:ナコンパトム県
親の仕事:仏像鋳造工場に勤務
ムエタイを始めた理由:自分も父親も二人ともムエタイが好きだったから

ルンペット・ウォー・サンプラパイ(2007年時点)
出身地:ガラシン県
親の仕事:両親は離婚していて父親とは会っていない。
ムエタイを始めた理由:好きだから / 家計を助けたかったから

ペットブンチュー・FAグループ(2008年時点)
出身地:ウドンターニー県
親の仕事:農業(米作り)
ムエタイを始めた理由:おじさんがムエタイ好きだったから

シンダム・ウォー・ルンニラン(2012年時点)
出身地:クラビ県
親の仕事:天然ゴムの栽培
ムエタイを始めた理由:好きだから / 自分の力で稼いで家計を助けたかったから

ざっと見てみると分かる通り、イサーン(東北地方)出身者の実家は米作りに従事している場合が多く、南部出身者の実家は天然ゴムの栽培に従事している場合が多い。全般的に言えることは、ムエタイ選手が貧困から脱出するために自分の意思とは裏腹にムエタイの世界に入るということは、殆どないということ。

一方、強制的ではないものの、貧乏な家に育った子供が家計を助けたいがためにムエタイを自発的に始めるということは、まだまだありそうである。ただ、貧乏かどうかという基準はあくまで主観的なものであり、大して貧乏でもなかったのに自分の生い立ちを嘆く者もいれば、比較的貧乏な家に生まれた筈なのに自分の境遇は普通だと言い切る人もいる。実際仕事もせずに怠けているくせに、自分の不幸な境遇に酔いしれているような輩もいる。そして、これは「見る側」の判断についても同じことが言えると思う。同じ光景を目にしても人によって感じ方は違う。同じムエタイ選手についても、ある人は「親のためにがんばっていて偉いね」と思うかもしれないし、別の人は「ムエタイ選手なんて幾ら稼いでも自分で無駄遣いするだけだから」と思うかもしれない。タイ人を理解しようと思えば、まあ、そんなことも考慮すべきであろう。

いずれにせよ、ある程度稼げるようになった選手の多くが、実際に実家に仕送りしていることを考えると、ムエタイ選手がムエタイを志す理由の1つには、「手っ取り早く現金を稼いで両親に楽をさせてやりたい」という気持ちがあるのだろう。売春とムエタイを同列に語っても良いのかどうかということについては良く分からないが、「好き」という気持ちと「親に楽をさせたい」という気持ちの2つがムエタイ選手のモチベーションになっていることは間違いないと言えそうだ。

~続く~

文・徳重信三

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