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ムエタイ入門(37回)

    
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ムエタイ入門(37回)

8月中旬、梅野選手が久しぶりにタイで試合をするというニュースが舞い込んできた。

なんと相手はセクサン・オー・クワンムアンだという。セクサンと言えば、今のムエタイ界においてまず間違いなく5本の指に入るトップ中のトップである。ノーンオー、サゲットダーオ、ポンサネー、ペンエークが去り、セーンチャイ、パコーン、ヨードウィチャー、ペットブンチューの国内での試合が減り、スーパーバンクが国際式に転向し、サームエーやシンダムの体力の限界が囁かれている今、勝手にバンコクのムエタイシーンにおいて超一流選手を5人挙げるとしたら、セーンマニー、パンパヤック、タノンチャイ、セクサン、ムアンタイになるのではないかと思う。その1人であるセクサンとの試合が決まったというのだ。

ムエタイのトップ中のトップとタイで試合をするということだけでも驚きなのだが、この日の興行は、新興勢力パランマイグループの代表であり、今業界において最も勢いがあると言われるプロモーター、ソムマーイ・サクンメーター氏の誕生日興行であり、しかも、梅野選手が登場するのはそのメインイベントなのだという。つまり、ジョームピチット(9万バーツ)対パカーレック(9万バーツ)の試合やペットウートーン(10万バーツ)対タノンチャイ(13万バーツ)の試合を抑えて日本人選手がメインイベントに登場するのだ。しかも、旅費等を除いたファイトマネーだけでも15万バーツが支払われるという。まさに前代未聞の破格の待遇である。

2015年9月10日、ラジャダムナンスタジアムにおいて予定通り行われたこの興行には3000人以上の観客が集まり、興行収入は250万バーツを超えた。この金額がいかに凄いかは、前日9月9日と翌日9月11日に行われた2つのビッグイベントの収入と比較すると明らかである。

9月9日ワンミチャイ興行(ラジャダムナンスタジアム):160万バーツ
主な試合:シンダム対マナサック、パンパヤック対スーパーレック、ペットモラゴット対クワンカーオ(メイン)

9月11日ペットギアペット興行(ルンピニースタジアム):160万バーツ
主な試合:シン対スプリンター、セーン対ソーンコム(メイン)

さらに、出場選手を見れば分かる通り、この3日間はたまたまビッグ興行が続いただけであり、2大スタジアムにおける通常のチケット収入はざっと40万~80万バーツ程度に過ぎない。この250万バーツという収入はそれだけ飛び抜けているのだ。

最近タイで日本人が試合をすること自体は格段珍しくなくなってきており、日本のムエタイ/キックボクシング事情に疎い筆者も日本人の試合というだけでは特別関心が湧くことはないのだが、この試合だけは別であった。このような超ビッグイベントのメインに日本人が登場するということは、過去数十年なかったことかもしれない。こうなってくると期待するなという方が無理な話である。一体どういう結果になるのかと内心ドキドキであった。

そもそも日本の至宝と呼ばれて久しい梅野選手だが、タイでの知名度は4月のペットモラゴット戦までそれほどでもなかった。ところが5月、バリバリの現役であり、人気、実力、ファイトマネーともに申し分のないムアンタイに勝利したことで、梅野選手はタイのムエタイファンに注目されるようになった。セクサンもそうだが、ムアンタイは元々7チャンネルテレビ興行で活躍していた選手であり、このような選手というのは、2大スタジアムでしか試合を行わない選手に比べて、お茶の間のムエタイファンの間における知名度が段違いなのだ。特に「ゾンビ」という呼び名が付くくらい身体が頑丈で、やられてもやられても起き上がって立ち向かってくるファイトスタイルが身上のムアンタイをKOしてしまったことで「刺身の国」にも強い選手がいるのだということをムエタイファンに印象付けたのだ。

この日の試合が組まれて以降、筆者の中では梅野選手が勝つだろうという気持ちの方が強かった。これはKOだけではなく、判定になっても勝つだろうという意味である。なぜなら、圧倒的な体格差もさることながら、セクサンは、「コンマイヨームコン(日本語にすると「絶対に諦めない男?」)との異名を持つくらいガッツがある一方、超一流選手には珍しいくらいにディフェンスが甘く、「俺も打たせるから俺にも打たせろ」というスタイルであり、どんどん前に出てくるため、ハードヒッターの梅野選手にとってはやりやすいだろうと思ったからだ。もちろんこれはセクサンが弱いと言っているわけではない。単に相性の問題である。セーンマニーやクワンカーオのようなテクニシャンタイプよりも、セクサンやタノンチャイのようなファイタータイプの選手の方が梅野選手の強さが発揮できるだろうと考えたわけだ。

ところが、読者の皆さんも既にご存知の通り、梅野選手は勝てなかった。詳しい賭率の推移についてはまた次回説明するが、4ラウンドの途中からはリングサイド以外の観客席は静まり返り、そそくさと賭金の精算が行われ、家路につく人もいた。さらには審判3者ともに49対47という判定結果であったことからも、ムエタイ的には惜敗ではなく惨敗であったと言えるであろう。

しかし、この結果だけで単純に「ムエタイの壁は高過ぎる」と判断したり、また、逆にこの結果だけで「ホームタウンディシジョンがあるからアウェイで勝つのは難しい」と一言で片付けてしまったりすることは、どちらも早計過ぎるというものであろう。

次回は、この試合に対する色んな層のタイ人の意見をピックアップしながら、今回の試合について今一度細かく分析し、日本で試合をすることとタイで試合をすることの違いについて熟考してみたいと思う。

=続く=

172-1

写真:セクサン・オー・クワンムアン

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