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【ムエタイ入門 第47回】梅野選手、ラジャダムナンスタジアムのチャンピオンに その2

  
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【ムエタイ入門 第47回】梅野選手、ラジャダムナンスタジアムのチャンピオ...

 

12月5日に行われたKNOCK OUT興行の結果があまりにも衝撃的だったため、気の抜けたビールのような記事になってしまうかもしれないが、前回の話の続きをしたい。10月23日に東京で行われた梅野選手とヨードレックペットの試合がもしラジャダムナンスタジアムで行われていたとしたらどうなっていたのであろうかという話だ。

 

ご存知の通り、日本で試合が行われたこの試合において梅野選手は勝利し、ラジャダムナンスタジアムのライト級王者となった。ヨードレックペットの方も終始ミドルはカットしていたし、決定的な攻撃は殆どもらっていないように見えたが、それでも手数は圧倒的に梅野選手の方が多く、試合の主導権を握っていたのは梅野選手であった。3人の審判団が発表したスコアはいずれも49対48。これに対して異論を唱えた人は少ないと思うし、僕も妥当な判定であったと思う。

 

ただ、もしこれがラジャダムナンスタジアムで行われていたとしたら、僕はヨードレックペットの方が勝利していたのではないかという気がする。

 

それではその理由を説明しよう。まず、1年前、2015年12月23日にラジャダムナンスタジアムで梅野選手がヨードレックペットと対戦した試合のことについて振り返ってみたい。

 

この試合について「梅野が圧倒的な攻勢だったが、逆転の左ヒジ打ちでヨードレックペットがKO勝ちしている」と書いておられる方がいたが、おそらくムエタイの分かりにくさというのはこの辺りにあるのではないかと思う。なぜなら、初回から梅野選手が「攻勢」に回っていたことは事実だが、実際に梅野選手が「優勢」だったのかというとそうでもなかったからである。

 

「攻勢」も「優勢」も同じだろうと思われる方もいるかもしれないが違う。手元の辞書によると「攻勢」とは積極的に相手に攻撃をしかけることであり、「優勢」とは形勢が相手より優位にあることとなっている。

 

もちろん一般的に「優勢」かどうかということは観る側の主観によって判断されるものであるが、僕がここで言っているのは、スタジアムに陣取っている観客たちが平均的にどのようにこの試合を見ていたのかということであり、つまり、少なくとも賭率の上では「優勢」ではなかったという意味である。2015年12月23日の試合においてレートは次のように推移した。

 

同年9月の対セクサン戦ほどではないものの、やはり賭率はヨードレックペット寄りであり、試合前の時点でヨードレックペット有利7対4。リングに登場した2人の体格差に観客が反応したため、試合開始直前に3対2と差が縮まった。そして、試合開始後梅野選手の方が遥かに手数で上回ったものの、ムエタイのセオリー通りに2ラウンドまで様子見に徹したヨードレックペットの方に若干レートが寄り、3ラウンドが始まる頃にはまたも7対4まで差が開いた。そして、定石通り、このラウンドに入ってヨードレックペットも本気モードとなり、試合がヒートアップしてきた最中に梅野選手はヨードレックペットの肘をモロに受けてしまい、負けてしまったのだ。

 

つまり、この試合においては、KOされるまでの間、手数では圧倒的に梅野選手の方が多かったが、だからと言ってレートの上でも試合をリードしていたというわけではなかったのである。僕の書くものを読んでくれているような方であれば重々ご存知かとは思うが、ムエタイの賭率は、リング上での実際の優劣を反映したものではない。試合の前半であれば、幾ら手数が多かろうが、幾ら有効打が決まろうが、逆に消極的に試合を進めている選手にレートが寄ることは珍しくない。

 

むしろこの時チャンピオンであったヨードレックペットが1、2ラウンドゆっくりと様子見しながら試合を進めるのは当たり前のことであり、その姿が堂々としていればいるほど、ヨードレックペットに「買い」が集まるということの方が普通のことだったのである。

 

まさにこれこそがタイ人のよく口にする「モーンアナーコット(将来を見る)」である。この試合に照らし合わせて言うと、なんだかんだ言っても外人がタイ人に勝てる可能性は低いだろうという読み、そして手数の多い梅野選手よりもスタミナを温存しているヨードレックペットが後半に逆転するであろうという読みが含まれていたのだ。

 

これは2016年10月23日に日本で行われた2回目の試合についても同じであろう。全くこれと同じ試合内容がラジャダムナンスタジアムで繰り広げられたと仮定すると、1回目の対戦(2015年12月23日の対戦)と同じような展開になったのではないかと僕は思う。つまり、ヨードレックペットに圧倒的に有利なレート(2対1くらい)で試合がスタートし、梅野選手が攻めれば攻めるほど、(決定打がない限りにおいては、)逆に差が開き、下手すると、対セクサン戦のときと同じように、そのまま4ラウンドくらいから場内が静まり返ってしまったかもしれない。実際、対セクサン戦もリング上での試合の展開以上に速いスピードで場内では決着がついてしまい、いわゆるチャイタンレーオ(賭金の精算が終わった)状態となったのだ。このためセクサンは後半ずっと試合終了まで守りに徹していた。

 

端的に言うと、最初から五分の状態で始めることのできる日本の試合とタイの試合は違うということである。

 

ただ、誤解のないように補足しておくと、当然ながら賭率に差が出るのはタイ人と非タイ人の試合だけではない。タイ人同士の試合であっても、格上の選手と格下の選手の試合が組まれた場合や調子の良い選手とそうでない選手が組まれた場合には、同じように試合前レートに差がつくものである。

 

例えば、つい最近の例だと、現在60キロ前後で最も高く評価されている選手の一人であるセーンマニーの対戦相手として4連勝中のチャーンスックが選ばれたが、この試合は2ポンドのハンデマッチであったにもかかわらず、最初からセーンマニー有利2対1(ソースによっては5対2)の高値がついた。チャーンスックは最近でこそ連勝中であったもののまだまだセーンマニーの域まで達していないとみなされたのである。

 

結局この試合は大方の予想通りチャーンスックがKOで負けてしまったが、これだけ不利な状況であったということは、逆に言えば彼にとって大きなチャンスでもあったのだ。仮にチャーンスックがセーンマニーを破るようなことになっていれば、この1試合だけでビッグネームへの仲間入りを果たしていたであろうことは間違いない。

 

ラジャダムナンスタジアムの王者になったとはいえ、タイで試合をする限りにおいては、まだしばらくチャレンジングな状況は続くかもしれないが、裏を返せば、この不利な状況をひっくり返すことでタイのムエタイ界に与えるインパクトはより大きくなるということである。だからこそ梅野選手にはこれからもじゃんじゃんタイで試合をやって欲しい。

 

梅野選手がラジャダムナンスタジアムのベルトを巻いたその日、イギリスの著名なムエタイ選手であるリアム・ハリソンが「Umeno is a good fighter, not a great fighter!」とインターネット上に書き込んでいたが、これは梅野選手に対するやっかみというわけではなさそうである。むしろ、彼の根底にあるのは「ムエタイはタイで勝ってなんぼ」という考え方であり、実際、このような考え方こそグローバルスタンダードなのだと思う。

 

判定について言うと、僕は日本の方が公平、公正なものだと思っている。より国際的な基準に近いものだとも思う。しかし、キックボクシングと呼ぼうがK1と呼ぼうが、ムエタイというこの競技がタイ(もしくはインドシナ半島)で発展した競技だということは事実であり、この競技においてナンバーワンを目指すのであれば、「あの日本人はとてつもなく強い」とタイ人に認められる必要があると思うのだ。

 

幸いなことに梅野選手のいるスーパーフェザー級(130ポンド)からライト級(135ポンド)にはムエタイ界のエース格とも呼べる選手がたくさんいる。ワンソンチャイ興行のセーンマニー、タノンチャイ、スーパーバンク、ギアペット興行のムアンタイ、ロットレック、セーン、ペッティンディー興行のペットパノムルンやスーパーレック、ソー・ソムマーイ興行のセクサンやペットウートーン、さらには、137~8ポンドくらいまでの選手も含めると、リットテワダー、マナサック、ペットモラゴット、ヨードパノムルン、チューチャルーンなどの長身の選手がたくさん控えている。

 

中でも直近のファイトマネーが15万バーツを越えているセーンマニー、タノンチャイ、ムアンタイ、セクサン辺りにタイで勝利すれば風向きは大きく変わることだろう。

 

 

 

 

~続く~

 

記事:徳重信三

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