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ムエタイ入門(31回)

    
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ムエタイ入門(31回)

インターネット時代の今は本当にたくさんの情報が入ってくる。特にFacebookを通じて毎日自動的に入ってくるムエタイ関連の情報の中には興味深いものが少なくない。

今回紹介したいのはムエタイ界の永遠のスーパースターであるサマート・パヤッカルンが3月18日付けで、自分のジムのFacebookページにおいて語っている内容だ。ムエタイ好きでサマートのことを知らないという人はいないだろうが、改めて説明すると、サマートは、ルンピニースタジアムの元4階級チャンピオンで、WBC国際式ボクシングスーパーバンタム級の元世界チャンピオンでもあり、53歳になった今ではバンコクのサーイマイ通りにある自分のジムで後進の指導に当たっている人物である。

サマートは次のように述べている。

「今のムエタイ業界は落ちるところまで落ちてしまっています。30年くらい前、ムエタイのトランクス(パンツ)は120バーツ、ムエタイオイルは20バーツしかしなかったのに、僕のファイトマネーは30万バーツだったんです!それに当時のスタジアムの入場料は一般で250バーツ、外国人で1000バーツしかしなかったのに興行収入は300~400万もあったんです。

それに比べて今はムエタイトランクスが700バーツ、ムエタイオイルが80バーツもするのに、有名選手のファイトマネーは15万バーツにも満たないし、入場料は一般で500バーツ、外国人で3000~4000バーツもするのに興行収入は100~200万バーツにしかなりません。

観客はどこに消えてしまったのでしょうか?観客がいなくなってしまった理由は 審判の採点(判定)にあります。審判はムエタイの技を評価せず、ルークケングレーンとナースアばかりが判定基準になってしまっています。ムエタイの芸術は消滅してしまったのです。だから僕自身も殆どムエタイは見に行きません。ムエタイの見方が分からないからです。

審判の判定基準が分からないのです。タイ人のムエタイの試合はレスリングのようになってしまっていますから、ムエタイ芸術が見たいのであれば今後外国人の試合を見なければなりません。このような状況が続くのであればムエタイは近い将来外国人のものになってしまいますよ。僕の言ったことを覚えておいてください」

個別の数字についてはもう少し慎重に読み取る必要があるかとも思うが、そこは大して重要なことではないだろう。それよりも問題は「審判はムエタイの技を評価せず、ルークケングレーンとナースアばかりが判定基準になってしまっています」という箇所である。

ムエタイの技というのは、パンチ、蹴り、肘打ち、膝蹴りといったルールブックに記載されているムエタイの技のことである。ルークケングレーンというのは直訳すると「力技」ということだが、要するにここでの意味はプラムのことを指している。

プラムは日本では首相撲と訳されており、取っ組み合いのことである。ムエプラム(ムアイプラム)と言えばレスリングのことだ。一方、ここで言うところのナースアとはカーヤイ(大口の賭けを行うギャンブラーのこと)がその影響力を駆使して作り出すスタジアム内のクラセー(潮流)のことであり、具体的には、ムエタイ独特の手話のような合図を用いて賭屋が提示するレートのことを指している。審判はこのレート(賭率)を横目で見ながらその流れに沿った判定を下しているということである。

つまり、サマートの言っていることを分かりやすく説明すると「ムエタイにおいては首相撲ばかりが評価され、ギャンブラーたちは、それを基準にどちらの選手がどれだけ勝っている、または負けているという賭率を提示し、審判はそのギャンブラーが提示した賭率を見ながらその賭率に沿った判定を下している」ということになる。

サマートの言っていることは特に新しいことではない。これまでもずっとムエタイに携わる人たちが飲み会の席なので夜な夜な口にしてきたことである。筆者自身も日本語ムエタイ雑誌「シンラパムエタイ」を通じて何度も書いてきた内容である。しかし、サマートほどの人物がインターネットを介して現代ムエタイのこの問題点を理論整然と文字にしたということに意味があったのであろう。サマートが改めて提起したこの問題は大きな反響を呼んでいる。

サマートに言わせると自分は「ドゥー・ムアイ・マイペン」だと言う。これは直訳すると「ムエタイの見方が分からない」ということになるが、つまり現在のムエタイを見ていてもリング上のどちらの選手が勝利者となるのかが分からないという意味である。通常この手の言葉は、自分がムエタイ通だと思っている人がそうでない人を相手にして「あいつはムエタイの見方が分かっていない」という具合に使う言葉である。ところが、サマートのような元超一流選手が「ムエタイの見方が分からないと言えば、さすがにムエタイファンも黙ってはいられない。

要するに元一流選手であろうが、現代ムエタイは理解できないようなシロモノになってしまっているということである。日本のムエタイ/キックボクシングファンであれば、タイのギャンブラーや審判は非常に目が肥えているだとか、ムエタイの判定はタイの審判でないとできないとか、そのムエタイの見方について過大評価しがちであるが、実はそのような単純なものでもないのだ。

次回はサマートの発言についてもう少し詳しく見ていきたい。

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~続く~

写真:『現在のサマート』

文章:徳重信三(シンラパムエタイ)

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