ムエタイ入門(32回)
今回もムエタイとギャンブルの関係について書こうかと思っていたが気が変わった。この『ムエタイ入門』の過去記事を読み直してみたところ、あまりにもその手の記事が多いことに気付いたからだ。ムエタイとギャンブルは切っても切れない関係にあり、それだけにムエタイを理解しようと思ったらギャンブルを理解しなければならないとは思うのだが、そのことばかりに足を取られているとムエタイの魅力が十分に伝わらないのではないかと考えた次第だ。
という訳で今回はムエタイ業界の勢力図について説明したいと思う。
現在、ルンピニースタジアムとラジャダムナンスタジアムにはそれぞれ次の興行がある。「興行」と書いたが、これはタイ語で「スック」と呼ばれるもので、戦いとか戦争といった意味である。正直、「スック」を興行と訳して良いのかどうかについは筆者も自信がないのだが、少なくとも「今日のルンピニースタジアムではスック・プライアナンが開催される」といった場合の「スック」は興行と訳して差し支えないであろう。(興行団体または興行母体という意味での「スック」であればプロモーションと訳した方が良いかもしれない。)いずれにせよ、これだけの興行団体があるということは同じだけの数のプロモーターが存在するということである。プロモーターの力は興行の数に表れるため、2015年4月~6月四半期における各プロモーターの平日興行数も併記しておく。
=ルンピニースタジアム(火曜日/金曜日)=
スック・ペッティンディー(4回)
スック・ギアペット(4回)
スック・プライアナン(3回)
スック・ペットスパーパン(2回)
スック・セーンモラゴット(2回)
スック・ペットピヤ(2回)
スック・クンスックトラクンヤーン(2回)
スック・イミネントエアー(2回)
スック・プンパンムアン(2回)
スック・ポー・ムラームック(1回)
3ヶ月間合計24回(土曜興行を除く)
=ラジャダムナンスタジアム(月曜日/水曜日/木曜日)=
スック・ワンソンチャイ(4回)
スック・ソー・ソムマーイ(4回)
スック・ワンギントーン(4回)
スック・チューチャルーンムエタイ(3回)
スック・ジャルムアン(3回)
スック・バーンラチャン(3回)
スック・ペットジャオプラヤー(3回)
スック・ワンミットチャイ(3回)
スック・トー・チャイワット(3回)
スック・ジットムアンノン(3回 )
スック・ペットウィセート(2回)
3ヶ月間合計35回(日曜興行を除く)
こうやって並べてみると、ルンピニースタジアム側のプロモーターは、最近数名が抜けたものの顔ぶれは殆ど変わっていない。一方、ラジャダムナンスタジアムの方は、ワンミットチャイ、トー・チャイワット、ジットムアンノン、ペットウィセートとここ数年ニューカマーが増えている。
カッコの中に示した興行数はプロモーターにとって非常に気になるところだ。なぜならこの数字によって興行主としての評価が決まるからである。興行数は四半期ごとにスタジアム側が最終的に決定するが、基本的には興行収入が多い、つまり集客能力のあるプロモーターがよりたくさんの興行を任せられる。従い、この数は各興行の人気と勢いを示すバロメーターとなる。
ただ、ここで注意しておきたいのは、一部の大規模興行を除き、プロモーターが自分の直属の選手同士で試合を組むことはむしろ稀なことであり、通常は、直属の選手と提携/系列先の選手をマッチメークしたり、提携/系列先の選手同士で試合を組んだりすることの方が多い。それくらいムエタイにおいて選手の貸し借りは当たり前のことなのだ。大抵のプロモーターは、自宅などに直営のジムを持ち、選手を囲っているが、実際には直営ジムや傘下ジムの他、提携プロモーター系列の選手を使って試合を組んでいる。実際、ワンソンチャイ興行のように直営のジムを持たないプロモーションもあるが、このような場合は、傘下ジムや系列ジムの選手だけを使ってマッチメークを行っている。直営のジムを持たずに選手を確保するというのは至難の業にも思えるが、それこそが長年培った人脈と影響力のなせる業ということなのであろう。
つまり、ムエタイ業界の中でどれだけ幅広いネットワークを持っているか、そして、派閥間のしがらみの中でどれだけ客の期待に沿ったマッチメークを行えるかがプロモーターの腕の見せ所ということになる。
筆者の知る限り、メジャースタジアムには、大きく分けて3つの勢力が存在する。シアナオ(本名:ウィラット・ワチララタナウォン)率いるペッティンディー勢力、ヒアチュン(本名:ピーラポン・ティーラデートポン)率いるギアペット勢力、そしてソンチャイ・ラタナスバン率いるワンソンチャイ勢力である。
~続く~
写真:『ペッティンディー興行傘下のギアットムー9ジム』
文章:徳重信三(シンラパムエタイ)