キックボクサー志朗公式サイト

ムエタイ入門(19回)

    
\ この記事を共有 /
ムエタイ入門(19回)

今回はムエタイ選手のファイトマネーについて書くことにする。

プロスポーツの報酬に関する最近の大きなニュースと言えば、マー君の愛称で知られる田中将大投手が7年契約総額1億5500万ドル(≒約161億円)で楽天イーグルスからニューヨーク・ヤンキースに移籍することになった件が思い起こされるが、そもそもムエタイ選手のファイトマネーというものは、このような野球における契約金とは全く性質が異なる。

ムエタイにおけるファイトマネーは試合ごとにプロモーターから支払われるものであり、選手の調子に応じて毎回変動する。勝ち続ければファイトマネーの額は急上昇するが、逆に負けが込んでくると、この額は下がり始める。完全に今現在の実力に沿ったものだ。従い、どんなにチャンピオンベルトをたくさん持っていようが、どんなに過去素晴らしい戦績を収めていようが、半年先のファイトマネーすら保証されていないということである。

それではムエタイ選手のファイトマネーとは一体どれくらいの金額なのであろうか?

当たり前だが、まずどんな名選手であっても初めての試合というものを経験する。大抵これはムアイワット(寺ムエタイ)と呼ばれる草ムエタイでの試合となるものだが、初出場となる選手に対するファイトマネーの相場は100バーツから200バーツ程度、日本円にすると約300円~600円といったところである。この金額を高いと思うか安いと思うかは人それぞれであろうが、10歳前後でデビュー戦を飾る田舎のタイの子どもたちにとっては、少なくともこのファイトマネーは自分の手で初めて稼いだお金であり、嬉しくてしょうがないようだ。

地方で数十戦から百戦ほどこなして経験を積んだ有望なムエタイキッズは、よりファイトマネーの高額なバンコクのスタジアムを目指す。アレコレ抜け穴はあるものの、ルンピニースタジアムやラジャダムナンスタジアムのようなメジャースタジアムにおいては、“基本的に”15歳以上100ポンド以上というのが出場資格となるため、本格的に稼げるようになるのはこの頃からということになる。

メジャースタジアムに初めて出場する場合、極々稀に1~2万バーツのファイトマネーを最初から手にする選手がいるものの、これは例外中の例外であり、通常は数千バーツ程度である。ここから試合を重ねるごとに、勝率や試合内容に応じてファイトマネーが上がっていく。もちろん、一人前のファイトマネーが稼げるようになる前に挫折する選手も大勢いる。最終的なファイトマネーは、(あまりにアバウトな言い方かもしれないが)超一流選手で10~15万バーツ、一流選手で7~10万バーツ、中堅選手で3~7万バーツ程度といったところではないかと思う。とは言っても、大概の場合はファイトマネーの半分程度がジムの取り分となるため、選手がもらえるのは残りの半分のみである。場合によってはトレーナーへの手当を選手自身が払わなければならないこともあり、そうなってくると仮に10万バーツのファイトマネーを稼いだとしても手取りは5万バーツ以下ということになる。

ムエタイの規則では、一度試合をやると基本的に21日は空けねばならず、とりわけメジャースタジアムではこれが厳守されているため、ムアイデック(キッズムエタイ)のように1年に何十戦もこなせるわけではない。メジャースタジアムで試合に出場できる機会は、どんなに恵まれた選手でも年間十数試合である。少ない選手になると数試合という場合もある。従って1試合10万バーツのファイトマネーを得ている一流選手であっても、実際に年間を通して稼げる額は50万バーツ(≒160万円)に過ぎないのだ。

冒頭では田中将大投手を例に挙げたが、アメリカのボクシング界はもっと凄い。フロイド・メイウェザー・ジュニアやマニー・パッキャオ等のスター選手は、たったの1試合で数十億円ものファイトマネーを稼いでおり、ムエタイのファイトマネーと比べると雲泥の差である。これは到底国力の差だけで説明できるものではない。

アメリカのボクシングとムエタイを比較した場合、両者の最も顕著な違いの一つはそのビジネスモデルであろう。ペイパービュー方式が定着している米国のボクシングやUFCなどとは違い、概して伝統的なムエタイの興行はスタジアムの入場料によって成り立っているため大きな収入は期待できないのだ。有名選手を集めた大きな興行では、各選手に支払うファイトマネーだけで興行収入を上回ってしまうこともある。そういう意味では、ムエタイ興行のビジネスモデルは日本のキックボクシングと大差ないと言えるかもしれない。従い、多くのプロモーターやジムの会長がムエタイとは別の仕事を持っており、選手がジムを移籍する場合に移籍金が発生しないことも珍しくない。

芸術の域まで達する高度な技術を持ちながらも、それに見合った収入を得られていない選手がゴロゴロしている。それがムエタイの世界だ。だからこそ僕らはムエタイに惹かれるのだろう。

132-1

~続く~

写真 『将来のチャンピオンを目指すムエタイキッズ』

Copyright©KICK BOXSER SHIRO,2024All Rights Reserved.