ムエタイ入門(5回)
アユタヤで出会ったムエタイ少年ジェームス君の話を続けたい。
ジェームス君の父親であるレックさんは、ラチャダムナンスタジアムのランキング4位にまで登りつめたものの、若気の至りから暴力事件に関与したことで所属ジムの信頼を失ってしまい、足の怪我もあって引退を余儀なくされた人である。レックさんにとってジェームス君は唯一の希望であり、将来は絶対メジャースタジアムのチャンピオンになって欲しいと思っている。
日本人的な感覚からすると、親の勝手な期待に対してジェームス君が反発しないものかと心配にもなってしまうが、もうすぐ思春期を迎える今の彼は、レックさんの作った練習メニューを忠実にこなしているようだ。試合前のジェームス君の練習は次のようなもの。
5時 起床
6時 10キロ走る
7時 サンバッグとミット蹴り、補強運動(膝蹴り200回/懸垂50回)
8時 登校
16時 下校後、夕方の練習開始 5~6キロ走る
17時 縄跳び15分、ムアイロム(シャドーボクシング)3R
レンチューン(ペアを組んでの軽めの蹴り合い)
サンドバッグ4R
ミット3~4R
首相撲30分
ムエタイのことを知らない人であれば、驚くかもしれないが、これはムエタイ選手にとっては典型的なメニューである。ただ、問題はこの練習をどれだけ継続的にこなすことが出来るかが、成功するかどうかの分かれ目なのではないかと思う。
ジェームス君の置かれている環境は決して恵まれたものではない。両親の離婚により実の母親や兄貴と別居しており、定職を持たない父親は金銭的にいつも行き詰まっている。世界各国から押し寄せる着飾った観光客を横目に毎日一人でランニングし、足の裏が真っ黒になりながらも、マンゴーの木から吊るされたサンドバッグを蹴っているのだ。試合環境も劣悪だ。数ヶ月前の試合では、肘で顔を切られてTKO負けしてしまったのだが、リングドクターがいなかったため
に傷口を縫い合わせることができず、自分の家で作っている薬を塗って治したという。
シンラパムエタイ/徳重信三