ムエタイ入門(35回)
プロモーターの話が続いたので今回はムエタイ選手のファイトマネーの話をしたい。ムエタイ選手は一体幾らくらいのお金を稼いでいるのだろうかという話だ。
その前にまずはタイバーツと日本円の為替レートの話をしておこう。なぜならこの話をするにあたってはバーツで金額を表示した方が便利なのだが、バーツに慣れない人にとっては今ひとつピンとこないかもしれないと思うからだ。
2015年7月末時点での為替レートはざっと1バーツ=3.6円程度である。全く困ったものだ。ここ最近の円安に泣かされているのは筆者だけではないだろう。そもそも1990年初頭1バーツ=6円を超すこともあった為替レートは、徐々に下がり始め、1997年のアジア通貨危機(タイ版バブル崩壊)においてタイバーツの価値は急落し、以降3円を下回ることが多かったのだが、2012年になってから徐々に高騰し、2014年暮れ頃からは3.6円を超す状態が続いている。
つまり、ほんの数年前は1万円を両替すると4000バーツ近くにまでなったのに、今では同じ金額を両替しても2700バーツにしかならない。しかも物価がみるみる上がっていることもあり、一昔前に比べると随分お得感が減った気がする。
バンコクで日本料理でも食おうものなら普通に日本より高くついてしまう。まあ、経済の専門家ではないので、今後どう為替相場が変動するかは筆者には皆目見当がつかないが、今時点でのレートが1バーツ=3.6円程度であるということだけは覚えておいて頂きたい。
さて、ムエタイ選手のファイトマネーだが、タイ語ではカートゥアという。カーとは価値、価格、費用といった意味であり、トゥアとは自分という意味である。つまりカートゥァとは「自分の値段」という意味だ。売春を意味するタイ語がカーイトゥア(自分を売る)であることを考慮しても、このカートトゥアという言葉には、選手を「モノ」として見ているようなちょっとした怖さを感じるが、まあこれもムエタイの一つの伝統であろう。
それはさておき、初めての試合でもらえる金額はどの程度であろうか。どんな有名選手であっても必ず経験するデビュー戦。一般的には10歳くらい、どんなに遅くとも15歳くらいまでにはどの選手もこのデビュー戦を経験する。ほとんどはガーンワットと呼ばれる田舎のお祭りなどでの試合だが、平均的には200~300バーツ程度なのではないかと思う。
以前は、デビュー戦のファイトマネーと言えば100バーツが相場であったが、最近は上がってきているようだ。例えば、比較的年齢の高いペットブンチュー・FAグループ(25歳)やサームエー・ガイヤーンハーダオ(31歳)などはデビュー戦のファイトマネーが100バーツであったというが、最近の選手はもっと高くなってきているようだ。
例えば、ワンソンチャイ興行期待の新人であり、既に同じ階級では相手のいなくなりつつあるギンサーンレック・トー・ラックソーン(14歳)のデビュー戦のファイトマネーは200バーツであったというし、目下9連続KO勝ちで注目を集めているペッティンディー興行のサックペット・ギアットパタラパン(17歳)のデビュー戦のファイトマネーは300バーツであったという。
それでは、肝心の一流選手はどの程度稼いでいるのであろうか?まずはルンピニースタジアムやラジャダムナンスタジアムで行われる興行におけるファイトマネーから見て行きたい。タイ国民のムエタイ離れが叫ばれてから久しい中、超一流選手に限って言うと、実はこのファイトマネーの金額は最近少しずつまた上昇傾向にある。これはスタジアムに足を運ぶファンの数が増えたというより、むしろスタジアムの入場料金が高めに設定されることで莫大な収入を記録する興行が増えてきたことと関係しているように思う。とりわけこの傾向はラジャダムナンスタジアムにおいて著しい。
例えば、7月2日にラジャダムナンスタジアムで行われたトー・チャイワット興行は、なんと366万バーツもの収入を記録している。そりゃまあ、ラスベガスで開催されるような世界的なプロボクシングの興行と比較するとこの金額は微々たるものかもしれない。しかし、ムエタイの世界でこの金額は驚異的である。もちろん物価が全く違うので単純比較は出来ないのだが、それこそ金額だけを見ると、1980年代から1990年初頭にかけてのムエタイの黄金期と比べても全く遜色がないレベルである。どうしてムエタイ人気が低迷しているはずなのにこのような興行収入を稼ぐことができるのか?要するに入場料金が当時とは違うのだ。タイ人料金でさえ、3階席が500バーツ、2階席が1,000バーツと通常興行の2倍となっているのだ。
さらに、この7月2日の興行は名前こそスック・トー・チャイワットだが、実際にはワンソンチャイ興行のソンチャイ・ラタナスバン氏とギアペット興行のヒアチュンが協力して実現させた興行であり、これまで犬猿の仲と言われてきた2人が力を合わせたことにより、以下のような多くのドリームマッチが実現したのだ。
=メインイベント=
タノンチャイ・ソー・センティアンノーイ(ワンソンチャイ興行)
VS
ムアンタイ・PKセーンチャイムエタイジム(ギアペット興行)
=セミファイナル=
セーン・パランチャイ(ギアペット興行)
VS
セーンマニー・ソー・ティアンポー(ワンソンチャイ興行)
これまで疎遠であったプロモーター同士の交流が活発化し、本気で選手の交換を行うようになれば、まだまだムエタイファンは集まるだろうというのがムエタイ界の識者の共通した意見だ。とりわけ、前回も力説させて頂いた通り、シアナオ、ヒアチュン、ビッグソン(ソンチャイ氏)というこの3人の重鎮プロモーターの交流はムエタイ界の活性化にとって不可欠であり、実際、最近はいい感じになってきているように思う。ファンが本当に見たいカードが組まれれば、多少入場料金が高くても興行収入は期待できる。興行収入が上がれば選手のファイトマネーも上がる。これは当たり前のことであろう。次回は一流選手のファイトマネーを一挙に公開したい。
=続く=
写真:スアヤイ・ルークムアンペット(22歳、オムノーイスタジアム105P元王者、現在ファイトマネーは4万バーツ)
文・写真/徳重信三