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ムエタイ入門(28回)

    
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ムエタイ入門(28回)

最近アレコレ考えていたことがある。それは、ムエタイの試合においてリング上で競い合うことを何と書いて表現すれば良いのかということ。

普通に考えれば、これは「闘う」か「戦う」であろう。ところが、筆者の場合はこれらの言葉を使うことにどうしても抵抗がある。というのも、なぜか大げさに思えてしまうからだ。鳥肌が立つような恥ずかしさを感じる。いや、もっと正確に言うと、これらの言葉に特有の陶酔感のようなものに気持ち悪さすら感じてしまう。

「格闘技なんだから闘うのは当たり前だろ」と言われてしまえばそれまでなのだが、どうも腑に落ちない。実際、殆どの格闘技よりもよりハードなのではないかと思われるマラソンやトライアスロン、さらには、格闘技よりももっと危険なのではないかと思われるスキー、サーフィン、ロッククライミングなどにおいても、闘う/戦うという言葉が比喩的に使われることはあっても、日常的に使われているということはないだろう。やはり、この言葉は格闘技に特有のものなのだと思う。

そもそも「闘う」と「戦う」ではどう違うのか?辞書には色々な意味や用法が書かれているが、突き詰めると、「闘う」が「困難などを克服しようとする」という意味であるのに対し、「戦う」は「勝ち負けを争う」という意味のようである。意味的に互いに重複する部分は多々あるにしても、英語だと「闘う」が「struggle」に、「戦う」が「fight」に近いのではないだろうか。

だとすると、ムエタイに限らず、格闘技において「闘う」と表現する人は、無意識のうちに格闘技に自己実現を求めている人であり、「戦う」と表現する人は、格闘技の中に勝負や競争の面白さを見出している人なのかもしれない。

日本には、自分に打ち勝つという意味の「克己」という言葉があり、多くの格闘家が「弱い自分に打ち勝つため」に修練しているのだと語るのに対し、タイでは、「有名になって稼げるようになりたい」と語るムエタイ選手が多い。このような日本人とタイ人の格闘技への取り組み方の違いからすると、日本人にとってムエタイとは「闘う」ものであり、タイ人にとってムエタイとは「戦う」ものなのかなとも思う。

タイ語には、誰かと対戦するという意味で、チョーク、トイ、スー、パタ、ドゥアン、トーゴン、タルイ、チャ、ファートファンといった様々な言葉が使われ、それぞれに微妙なニュアンスの違いがあるのだが、これらの言葉は、殆どが相手との「戦い」を意味し、自分との「闘い」というニュアンスを含んでいないように思う。敢えて言うと、「スー」という言葉だけは、「スーターイ(死ぬ気で頑張る)」とか「スーチーウィット(人生に立ち向かう)」といった使い方があるように、自分との「闘い」を含む言葉かもしれないが、まあ、それでも、やはり、タイ人にとってのムエタイは、「闘う」というよりも「戦う」ものなのではないかと思う。

それにしても、筆者はなぜ「闘う」や「戦う」という表現に恥ずかしさを感じてしまうのか?我ながら不思議だ。

1つだけはっきりしているのは、これらの言葉が、話し言葉ではなく書き言葉であるということ。実際、ある選手が他の選手との試合経験の有無について語る際には、「誰々と試合をしたことがあるよ」とか「あの人とやったことあるよ」とは言っても、「誰々と闘ったことがあるよ」とか「あの人と戦ったことあるよ」とはあまり言わないのではないかと思う。

仮にそういう話し方をする人がいるとすれば、正直あまりお近づきにはなりたくない。こういう人というのは、よほど自分が好きな人か、はたまた自分に酔いしれることができる人のどちらかなのではないかと思う。

いずれにせよ、口にして恥ずかしいような言葉をわざわざ文字にすることもあるまい。センスの問題なのかもしれないが、個人的には、「闘う」や「戦う」という言葉は戦争や闘争において用いられるべきであり、ムエタイの試合において日常的に「闘う」や「戦う」と表現することにはやはり抵抗がある。実際ムエタイは殺し合いではないし、ルールに則ったスポーツである。スポーツである以上は、野球やサッカーといった他のスポーツと同じように普通に「試合をやる」とか「試合に出場する」で良いのではないかと思うわけだ。

これは、ムエタイを実践する人(Practitioner = ナックムアイ)を日本語で何と呼ぶべきかについても全く同じことが言える。つまり「ムエタイ選手」と呼ぶか「ムエタイ戦士」と呼ぶかの話である。普通のスポーツであれば、まず間違いなく「選手」であろう場面でも、格闘技であるムエタイの場合は「戦士」と言う人もいるのだ。もちろん「選手」と書こうが、「戦士」と書こうが、それはそれで書き手の勝手ではあるのだが…

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文章:徳重信三(シンラパムエタイ)

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