ムエタイ入門(33回)
前回は、メジャースタジアムにおいてペッティンディー勢力、ギアペット勢力、ワンソンチャイ勢力という3つの大きな勢力が存在するというところまで説明した。今回はさらに踏み込んで説明してみたい。ムエタイ業界は複雑怪奇である。データに若干のミスがあったとしても笑って許して欲しい。
まず1つ目のシアナオ(本名:ウィラット・ワチララタナウォン)率いるペッティンディー勢力はペットルンピニーとも呼ばれ、おそらく業界で最も大きな勢力であろう。ペッティンディーの公式Facebookページには、「直営ジムに60名、系列ジムに1,000名を超える選手を抱えている」と記載されており、実際ルンピニースタジアムで興行を打っている大半のプロモーターがペッティンディーと提携関係にある。
とりわけ、スック・ペットピヤのシアタンプロモーターはシアナオの甥っ子であり、さらに実の息子であるノーンボート(シアボート)はラジャダムナンスタジアム系スック・ペットウィセートの興行主であり、同じくラジャダムナンスタジアム系スック・ワンミットチャイのミット・ナコン氏は元々ペッティンディーチームの一員である。直属(直営ジム)の選手には、サームゴー、ノーンオー、ペットモラゴット、ルンペット、ヨードトゥアントーン、ゲーオガンワン、パランポンなどがおり、系列(傘下ジム)の選手にはセーンチャイ(タイ国内引退?)、シンダム、ペットブンチュー、スーパーレック、クワンカーオ、ルンナラーイなどがいる。
2つ目はヒアチュン(本名:ピーラポン・ティーラデートポン)率いるギアペット勢力。バーンポンラムアンディーとも呼ばれる同勢力は、ルンピニースタジアムのスック・ギアペットのみならず、毎週日曜日には7チャンネルテレビ興行も行っており、知名度は群を抜いている。メジャースタジアムにおいては、ルンピニースタジアムのスック・イミネントエアー、スック・セーンモラゴット、スック・クンスックトラクンヤーン、さらには、ラジャダムナンスタジアムのスック・ソー・ソムマーイやスック・ジットムアンノン等との交流が盛んである。直属の選手には、サゲットダーオ、モンコンチャイ、スターボーイ、シティサックなどがおり、系列の選手にはパンパヤック、ムアンタイ、ペンエーク、ペットモラゴット(ティーデート99)、トゥアンペッ、チャムアックトーン、ヨードパノムルン、ルンウボン、ジョームホート、パーンペット、ルンペット(ギアットジャルーンチャイ)、チューチャルーンなどがいる。
3つ目はソンチャイ・ラタナスバン氏率いるワンソンチャイ勢力。ソンチャイ氏はプロモーターとして40年近いキャリアを誇り、シアナオと並びいわば業界のドン的な存在である。自前のジムは持たないものの業界における影響力は根強く、スーパーバンク、パコーン、セーンマニー、タノンチャイ、タクシンレック、プラチャンチャーイなどラジャ系の有名選手を多数抱えている。
基本的にこれらの勢力はそれぞれ独立している。いわゆるターンスック・ターンサーイ(=別々の興行/別々の系列)という奴だ。シアナオとヒアチュン、ヒアチュンとソンチャイ氏、そしてソンチャイ氏とシアナオは、どこまで行っても相容れないところがあるようだ。従い、通常、各勢力に属する選手たちは、そのネットワーク内の興行においてのみ試合を行うということになる。ペッティンディー系の選手であれば、主戦場となるのはルンピニースタジアムのペッティンディー興行やペットピヤ興行、またはラジャダムナンスタジアムのペットウィセート興行やワンミットチャイ興行、もしくはそれ以外の提携興行ということになる。
ただし、ここで注意しておきたいのは、メジャースタジアムにいる約20名のプロモーターが、必ずしも上記3つの勢力のいずれか1つとだけ提携しているというわけではないということ。例えば、上述のルンウボンやジョームホートなどを抱えるイミネントエアー興行はギアペット勢力との結びつきが非常に強いため、所属選手が出場するのは同グループ内の興行に限られているが、セクサンやペットウートーンなどを抱えるソー・ソムマーイ興行の場合は、プロモーターであるソムマーイ・サクンメーター氏の方針なのか、所属選手がギアペット系の興行に出場することもあればワンソンチャイ系の興行に出場することもある。また独自路線が濃厚な興行もある。つまり、これは各プロモーターの交友関係に大きく左右されるということだ。
また、上記3つの勢力間の関係はある程度流動的だということも覚えておいた方が良いだろう。例えば、前述の通り、シアナオとヒアチュンは犬猿の仲であると言われており、それぞれの傘下の選手が対戦することは確かに少ないが、マッチメークのマンネリ化を避けたいスタジアム側やファンの声に押されて時々ドリームマッチが実現することもある。最近ではペッティンディー系のサームエーとギアペット系のパンパヤックが2回にわたって対戦したし、5月8日には同じくペッティンディー系のスーパーレックとギアペット系のセーンの試合が実現している。
さて、ここまで書いていてあることに気付いた。それは、最近ペッティンディー勢力に以前ほどの勢いがないのではないかということだ。サームエーはパンパヤックに2連敗、同じくスーパーレックもまさかの判定負け。さらに、各種MVPも他の勢力に取られることが多くなってきている。ポンピタック、チャーリー、オロノー(マジェスティックジム)、アタチャイ、シンダム、ゴーンピポップ、ヨードセーンクライ、レームトーンなんかが活躍していた10年前と比べるとどうも活気がなくなってきているように感じる。
もしかしたらこの傾向はもっと最近のことかもしれない。だとすると、ルンピニースタジアムの移転も影響しているのかもしれない。というのも、バンコク中心部のラマ4世通りにあった頃、ルンピニーの興行収入はラジャダムナンスタジアムの2倍近くあったが、ルンピニースタジアムが郊外のラマイントラ通りに移ってからは、なんとこの二大スタジアムの収入が逆転しているのだ。興行収入が減れば当然ファイトマネーなどの経費を削減せざるをえない。つまりこれはルンピニースタジアムで大規模な興行を打つことが難しくなってきているということを意味しているのだ。
=続く=
写真「右から2番目がヒアチュン、3番目(真ん中)がシアナオ」
文/徳重信三