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【ムエタイ入門 第50回】ミドルキック

  
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【ムエタイ入門 第50回】ミドルキック

さて、今回は何を書いたら良いものやらと考えていたのだが、先日「4月6日のスーパーレックとセーンマニーの試合が分かりにくかった」と言っていた方がいたので、そのことについて書いてみたいと思う。

 

何が分かりにくかったのかについては詳しく聞かなかったが、どうやらずっと攻めていたセーンマニーがどうして守ってばかりいたスーパーレックに49対47の大差で負けてしまったのかが分からなかったということのようであった。

 

まずはその試合の動画を見て頂きたい。

セーンマニーのファイトマネーが20万、スーパーレックのファイトマネーが16万バーツで行われたこの試合の賭率は次のように推移した。

 

2R終了時:スーパーレック有利10-9

3R終了時:スーパーレック有利7-2

4R終了時:スーパーレック有利40-1

5R:賭け終了

 

ジャンワレーク(先に手を出す側)のセーンマニーの左ミドルがテッ・マイカオ、つまり相手に入らず(ヒットせず)、逆にジャンワソーン(攻撃を返す側)のスーパーレックの右ミドルは的確にセーンマニーの腕にヒットする状態が続いた。スーパーレックは常に下がりながらヨックバン(足を上げてのブロック)でセーンマニーのミドルをことごとくカットし、自分の攻撃に繋げて行く。4ラウンド前半から中盤にかけて3発ほど連続してセーンマニーのミドルキックがスーパーレックの腕にヒットしてセーンマニーに賭けている側が色めき立つシーンもあったが、セーンマニーの見せ場はここまで。残り時間、KOを狙うしかないセーンマニーはムキになってパンチを振うが、完全に防御に回ってしまった一流のムエタイ選手を切り崩すことはほぼ無理な話であり、予想通り、49対47でスーパーレックが圧勝した。

 

正直僕からしてみると何の変哲もない順当な試合結果であったと思うが、日本人の中には、より手数の多かったセーンマニーがなぜ負けたのかが不思議だった方もいたようだ。既に述べたようにセーンマニーの敗因はミドルを膝ブロックでカットされてしまい、相手の腕に決めることができなかったためである。つまり、幾らたくさんミドルキックを繰り出していても、相手の腕にヒットしなければ意味がないということである。一見、これは当たり前のことのように思われるかもしれないが、非タイ人のムエタイファンの中には、実はこのことを忘れている、もしくはあまり意識していない方が多いのではないかという気がする。

 

ムエタイには色々なスタイルの選手がいるので一概には言えないが、少なくともテクニシャン同士の対戦の場合だと、互いに相手の腕を狙って蹴り、どれだけ的確にヒットさせることができるかを競うという側面が強いと言えるであろう。

 

相手の腕にヒットさせることができれば大きなダメージを与えることができるが、逆に膝下でカットされてしまうと蹴っている側の方がより大きなダメージを受ける。従い、当然ながら相手にうまくカットされないようにタイミングを計りながらミドルキック(またはハイキック)を蹴ることが重要となる。なお、腕を狙うとは言っても、相手の立ち位置に応じて、前腕、(肩と肘の間の)二の腕、肩口など当てる範囲は広くなるが、基本的には相手の二の腕の辺りを狙う選手が多いのではないだろうか。

 

もちろん、腕ではなく、相手の顔面や首筋、脇腹などにヒットさせることができればベストだが、防御の技術が非常に発達しているムエタイにおいては、相手もそう安々とこれらの急所を蹴らせてくれるわけではない。従い最初からこれらの箇所を狙うのではなく、まずは腕を狙うということになる。

 

ミドルキックと言うと、日本人の場合、脇腹を狙うものだと思っている人もいるかもしれないが、最初からミドルキックで腹部を狙うとなると常に相手の肘に当たってしまう危険性がつきまとう。相手の肘先に自分の足の甲の部分が当たってしまったりすると、蹴った側が大きなダメージを負い、場合によっては膨れ上がってしまうこともあるだろう。

 

高度な技術を持った選手であれば、三日月蹴りのような前蹴りとミドルの中間のような軌道で蹴ったり、腕を蹴ると見せかけてお腹を狙ったりする場合もあるが、いずれにせよ腹部にミドルキックをヒットさせることは容易ではない。

 

一方、ムエタイ選手が相手の腕を狙ってミドルキックを繰り出す一番大きな理由は、単に腕を何度も蹴れば相手にダメージを与えられるからだろう。もちろん腕を蹴ることで相手のパンチ力を弱めるという効果もあるし、相手の前進を阻止する効果もあるかと思うが、あくまでそれらは二次的な効果であり、まず何より単に腕を蹴ることだけで相手にダメージを負わせることができるということが重要なのだと思う。

 

従い、タイ人の観客は、自分の応援している選手のミドルキックが相手選手の腕にうまくヒットすると非常に喜ぶ。

 

ところが、ムエタイを見慣れていない日本人の中には、前腕や二の腕をバチーンと蹴られているにもかかわらず、この蹴られた人が相手の攻撃から自分の顔面を「防御した」と考える人が今でもいるようだ。

 

相手のミドルキックを腕で受けているにもかかわらず、テレビの解説者が「ガードの上からでも効きます」とか「ガードしていてもダメージがあります」などと言うくらいである。

 

ところがこのような発言というのは僕には非常に滑稽なものに思えてしまう。なぜなら、ムエタイにおいては、蹴りを腕で受けてしまうと痛いということは当たり前のことであり、むしろ、膝を上げてのガードやスウェーに失敗した結果であると捉えられているからだ。

 

随分古い話になってしまうが、ブアカーオがまだK-1で試合をしていた頃、オランダのアルバート・クラウスの腕を一方的に蹴りまくっていたにもかかわらず、なかなか勝たせてもらえないことがあったが、アレなどはまさに日本人とタイ人のこの競技(K1やキックボクシングを含めたこのムエタイという競技)の見方の違いに起因するものであったと思う。

 

逆に言うと、このミドルキックを相手の腕にヒットさせることの重要さを理解していれば、自ずとムエタイの試合が分かるようになるかと思う。

 

ちなみに、前述のスーパーレックは5月4日にパンパヤックと対戦したが、こちらの試合では対セーンマニー戦と全く逆のことが起こった。

 

是非こちらの動画もご確認頂きたい。

賭率は次のように推移した。

 

1R終了時:パンパヤック寄りのイーブン

2R終了時:パンパヤック有利5-2

3R終了時:パンパヤック有利12-1

4R終了時:パンパヤック有利20-1

5R:賭け終了

 

この試合においては、パンパヤックが受けに回ったため、スーパーレックは先攻側となったが、下がりながら放たれるパンパヤックのスピーディーかつ打点の高いミドルキックを

スーパーレックはカットできずに腕で受けてしまう。このことで早いラウンドからパンパヤック買いが進み、結局は49対47の大差でスーパーレックは負けてしまった。

 

つまり、この試合においても、勝負の行方を決定づけたのはミドルキックをカットできるかどうかだったのである。

 

これまで僕は、日本人がムエタイを見ていて不思議がるのは、ムエタイの判定が観客(ギャンブラー)の群集心理に基づいているためであると強調してきたが、よくよく考えてみると、それ以前の問題として、その判定基準についてあまり書いてこなかったように思う。

 

例えば、ムエタイではローキックやパンチはあまり評価されないという見方があるが、これは本当のことなのか?また、もし本当だとするとなぜそうなのか?といったことについてである。次回はその辺りについても考察してみようと思う。

 

~続く~

 

写真:『パンパヤックの左ミドルに対してカットのタイミングが遅れるスーパーレック』

Photo Credit: SMMSPORT

記事/徳重信三

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