ムエタイ入門(16回)
前回は、『日本で負けるチャンピオンクラスのムエタイ選手というのは、大抵が「あれ?そんな選手いたっけ?」というようなぽっと出のチャンピオンであったり、一時期は騒がれていたものの既に旬を過ぎた選手であったりすることが多い』というところまで書いたが、それでは、一体どういった選手が本当に強いのか?
最も単純かつ明確な強さの指標はタイのリングにおいて今時点で稼いでいるファイトマネーの額だ。仮に1試合に7万バーツ~10万バーツを稼ぐ選手を一流選手とすると10万バーツ以上を稼ぐ選手は超一流といったところであろうか。
タイにおける直近のファイトマネーの額が分かれば、その選手に対する現地での評価も分かるということである。浮き沈みの激しいムエタイの世界においては、1~2年前まで勢いのあった選手が必ずしも今まだその勢いを維持しているとは限らない。年間最優秀賞を受賞した選手であっても、翌年もまた活躍できるという保証はどこにもないのだ。
次に、タイのどの興行で主に試合をやっているかということもムエタイ選手の実力を判断する上での基準になるのではないかと思う。最近ではルンピニー系列とラジャダムナン系列の垣根が曖昧になってきているため、主戦場としているスタジアムによって選手の実力を判断することは適切ではないかもしれない。
むしろ、それよりも、どのプロモーターの傘下にいるのかということの方が重要ではないかと思われる。具体的にはシアナオ率いるペッティンディープロモーション、ヒアチュン率いるギアペットプロモーション、ソンチャイ氏率いるワンソンチャイプロモーションなどの傘下にある選手であればその実力は折り紙付きであると考えて良いだろう。
とりわけペッティンディープロモーションの存在は今も昔も群を抜いており、例えば最新のルンピニースタジアムのライト級135Pのランキングを見ても、チャンピオンのシンダム、1位のヨードウィチャー、2位のセーンチャイ、3位のノーンオーと、ペッティンディー興行直属、またはその提携興行に所属する選手が並んでいる(ただし、このランキングの順位と各選手の実力が必ずしも一致しないことは既に述べた通りである)。
また、ルンピニースタジアムのペットピヤ興行やラジャダムナンスタジアムのペットウィセート興行などの母体は完全にペッティンディープロモーションであり、同興行が現在のムエタイ界における最も大きな勢力であることは間違いないだろう。さらにムエタイに対する愛情とプライドからであろうか、八百長に対しても厳しく、クリーンなイメージも定着している。もちろんどの興行にも強豪選手というのは存在するが、安定した強さを期待するのであれば、やはりペッティンディー興行系列の選手がお勧めではないかと思う。
一方、残念ながら来日するムエタイ選手の所属興行には偏りがあるように見受けられる。上述のペッティンディー興行、ギアペット興行、ワンソンチャイ興行の他にも、ペットスパーパン興行やソーソムマーイ興行など、人気興行がタイにはまだまだある。これら人気興行に所属する現役バリバリの選手のみが来日するのであれば、ムエタイの権威というものが守られると思うのだが如何であろうか。
日本のキックボクシング/ムエタイについては、昔より今の選手の方が強くなっているという声をよく耳にする。確かにそうかもしれない。少なくとも技術的には格段に進歩しているであろう。しかし、そうであったとしても、日本のトップ選手が得体の知れないタイの“現役チャンピオン”や“元チャンピオン”に勝つ姿を素直に喜ぶ気にはなれない。
折角上を目指すのであれば、勝ち負けよりも本当に強いムエタイ選手と試合を行うことに意味があるのではないだろうか。日本のリングでナンバーワンになった選手が、常時10万バーツのファイトマネーを稼いでいる本物のムエタイ選手と試合するのを見てみたいと思うのは筆者だけではなかろう。
例えば1年に1度行われるルンピニースタジアムやラジャダムナンスタジアムの創立記念興行、または興行収入が150万バーツを超えるようなビッグマッチに出場しているかどうかを選手選びの基準にするというのも一案かもしれない。
さて、話が全く変わってしまうが、次回からは「なぜムエタイ選手にはサウスポーが多いのか?」というテーマについて考えてみたい。来日経験があり、日本人に名前の知れた選手だけでも、チャーンプアック・ギアットソンリット、チャムアックペット、サームゴー、アタチャイ、セーンチャイ、ヨードセングライ、ゲーオ・フェアテックスと枚挙にいとまがないほどサウスポーの選手というのは多い。
これは現在のムエタイシーンにおいても全く同じだ。半分というのは言い過ぎだとしても、もしかしたら30%程度の選手はサウスポーなのではないかと思うほどに多いのだ。
例えば、ルンピニースタジアムのスーパーフェザー級P130のランキングを見てみよう。サウスポーとオーソドックスの両方をこなせる選手はクワンカーオのみではないかもしれないが、ざっとこんな感じである
ルンピニースタジアムP130ランキング入位選手(2013年10月1日更新)
王者:ゴーンサック・シットブンミー(サウスポー)
1位:カイムックカーオ・ポー・タイルンルアンカーマイ(オーソドックス)
2位:ペットパノムルン・ウォー・サンプラパイ(サウスポー)
3位:クワンカーオ・チョー・ラーチャパットドゥイサーン(オーソドックス/サウスポー両方)
4位:デンパノム・ロングリアンキラーコラート(オーソドックス)
5位:ダーオトラン・チョーナ・パッタルン(オーソドックス)
6位:ナタポン・ギアットアーウォン(オーソドックス)
7位:サックスリヤー・ガイヤーンハーダーオ(サウスポー)
8位:パコーン・PKムエタイジム(オーソドックス)
9位:シントンノーイ・ポー・テラクン(オーソドックス)
10位:ヨードパノムルン・SBPカーネットワーク(オーソドックス)
~続く~
写真 『ゴーンサック・シットブンミー:10万バーツ以上のファイトマネーを稼ぐ数少ない選手の一人。昔K-1で活躍したチャーンプアック・ギアットソンリットの甥っ子に当たる。』
文/徳重信三 写真撮影:早田寛