ムエタイ入門(第42回)MMAはタイに根付くのか?
2016年5月27日(金)、バンコクのインパクトアリーナにおいて『ONE CHAMPIONSHIP』が開催された。タイにおいては史上初となる本格的なMMA(Mixed Martial Arts=総合格闘技)の大会である。
おそらく、MMAが世界を席巻するようになったのは、UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)が米国コロラド州で開催された1993年頃からのことではないかと思うのだが、だとすると、それから既に23年もの年月が経っているということになる。
今更僕が説明する必要もないほど、MMAにおけるムエタイの有効性は周知の事実であり、数多くの総合格闘家がレスリングや柔術の寝技とともに、ムエタイの立ち技(ストライキング技術)を取り入れている。総合格闘技を得意とするジムにおいてストライキングの技術を教えている元ムエタイ選手の数が世界中にどれくらいいるのかは想像すら出来ないほどである。
これほどムエタイとも関係の深いMMAがなぜこれまでタイに普及しなかったのか?
いや、僕の経験からしても、「MMAをやっています」というタイ人に出会ったことは過去に何度かあるし、オクタゴンのような形をしたリングを置いているジムもあるので、全く普及してことなかったというわけではなかろう。しかしこれらの選手の活躍する場は街中のクラブなどであり、どうしても暗いイメージがあった。つまり、表立って大々的に興行を打つのが難しい状況にあったと言えるであろう。なぜか?
その一番の理由は、やはりタイがムエタイの国であるということに他ならない。過去、ハードコアなムエタイ関係者は、事あるごとにMMAに反対してきた。とりわけ記憶に新しいのが、2012年にスポーツ統括局(スポーツ庁やスポーツ公社とも訳される)の出した「一切MMA興行を支持しない」という声明であろう。スポーツ統括局とは、タイ国観光・スポーツ省に属する機関であり各種スポーツを管理している。そして、その禁止措置の理由として挙げられたのは、「残虐過ぎる」とか「タイ国のボクシング法に違反している」といったことであったが、「実際にはムエタイの保護」が目的であるという声も聞かれた。つまり、MMAが本格的にタイに進出してきた場合、ムエタイの興行のチケットの売上やテレビの視聴率に悪影響を及ぼすのではないかということをムエタイのプロモーター、ジムの会長を始め、多くのムエタイ関係者が懸念しているというのである。
あれから4年、スポーツ統括局の立場は変わっていない。今でもMMIに対して反対という姿勢は崩していない。しかし、それでも『ONE CHAMPIONSHIP』は開催されることとなった。なぜなら、統括局の上部組織であるタイ国観光・スポーツ省自体と内務省が開催を承認したからである。
ONE CHAMPIONSHIPのタイ側の代表者であるガモン・スコーソン・クラップ(通称スキー)は、タイを代表するレコード会社であったベーカリーミュージックの創始者であり、この日のMMAイベントを「ロックコンサートのような興行」と位置づけ、若者に大人気のBody SlamおよびBig Assをフィーチャリングして12,000人を超える観客を呼び込んだ。入場チケットが300バーツ~12,000バーツであったことを考慮すると決して少なくない金額が動いたであろうことは想像に難くない。
ラジャダムナンスタジアムやルンピニースタジアムでの興行収入が平均的に50万バーツ程度、どんなに大きな興行でも400万バーツ超えるまでには至っていないことを考えても、ムエタイ界の既存勢力がMMAを警戒する気持ちは分からないでもない。
しかし、本当にMMAはムエタイにとって脅威となるような存在なのであろうか?
タイにおけるMMAについて考える際にどうしても取りあげない訳にはいかない人物がいる。起業家であり、ONE CHAMPIONSHIPの創設者であるチャトリー・シットヨートン氏がその人である。
~続く~
写真:『1993年に開催された第1回UFC大会』
文・徳重信三