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【ムエタイ入門 第49回】最近の注目選手

    
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【ムエタイ入門 第49回】最近の注目選手

仕事が忙しいせいか、家に閉じこもってばかりいるせいか分からないが、最近時間の感覚がおかしくなってきたような気がする。ついこの間新年を迎えたと思ったらもう3月である。まったく時間というのは恐ろしい。気がついたらいつの間に白髪のお爺さんになっているのではないかと思ったりもする今日この頃である。

 

とは言っても、僕が缶詰生活を送っている間にもムエタイの世界では色々なことが起きている。とりわけ、去年の暮れから今に至るまで、色々な団体から過去1年間において優秀な成績を収めた選手や関係者に対して様々な賞が贈られており、新たなスター選手もたくさん出てきた。

 

2016年度の主役は何と言ってもプンゴン・トー・スラットだろう。

 

ラジャダムナンスタジアム、タイ国スポーツ統括局、サイアムスポーツ社などを含めて、既に5団体から年間最優秀選手に選ばれており、残りはタイ国スポーツマスコミ協会のMVPのみという状態である。これだけの数の団体から同年度にMVPに選ばれた選手というのはセーンチャイ以来だそうだ。

 

プンゴンは現在13連勝中だが、彼の凄いところは、フライ級からバンタム級まで幅広い契約体重で勝利してきたということ。例えば、去年の年末にギンサンレックを膝蹴りでKOした試合では113.5ポンド契約であったが、2月8日に行われたプラチャンチャーイとの試合では117.5ポンド契約であり、3月30日に予定されているプラチャンチャーイとの再戦では119.5ポンド契約となっている。現在通常体重は57キロだそうだが、それでも113ポンド(51.25キロ)までなら減量できると発言しており、この選手の適応能力の高さをうかがい知ることができる。

 

ムエタイ業界においては、MVPに選ばれた選手は必ず調子を落としてしまうというジンクスがあるが、ドリアンやマンゴスチンなどの果物の産地として有名なラヨーン県からやってきたこのプンゴン選手はどうであろうか?特に彼の場合、やんちゃがたたって暫くリングを離れていたこともあるため心配である。まだ20歳になったばかりなので、これからその才能をもっと開花させてほしいと思う。

 

さて、プンゴンと並んで今最も目の離せない選手がペットウートーンである。

 

3月2日に行われたパンパヤックとの試合は本当に驚いた。

 

元々僕はパンパヤックではペットウートーンには勝てないだろうと思っていた。パンパヤックはフェザー級(126ポンド≒57.1キロ)であればまず間違いなく当代ナンバーワンの選手だが、今回の129ポンド(≒58.5キロ)契約というのは間違いなくペットウートーンに有利な体重設定だったからである。ペットウートーンの通常体重は約64キロ(≒141ポンド)であるのに対して、パンパヤックの通常体重は約61キロ(≒134ポンド)しかなく、125ポンドでも試合ができると言っているのだ。(ちなみに、今のところ、125ポンド~127ポンドでパンパヤックの相手となるような選手はタイにはおらず、だからこそ、あの那須川天心選手との試合が見てみたと思うのだが、いかがであろうか…)

 

ところが、僕の予想とは裏腹に、場内の賭屋たちの多くはパンパヤックが勝つことを予想し、試合開始前のレートではパンパヤック有利5-4となっていた。これは体重的に不利であっても、賭屋がパンパヤックの名前、実績、威信といったことを重んじた結果であると考えられる。実際、ペットウートーンは無冠の帝王と呼ばれていた期間が長く、つい最近になってラジャダムナンスタジアムのスーパーフェザー級王者になったくらいだが、パンパヤックの方は既に何本ものベルトを持っている上に、タイ国スポーツマスコミ協会のMVP賞を3年連続で受賞しているのだ。

 

また、ファイトスタイル的にも、パンパヤックのディフェンスやジュックジックぶりには定評があり、同じテクニシャン同士であっても、パンパヤックに分があると考えられていたのであろう。(ちなみに「ジュックジック」とは、一般的には「しつこい」とか「小うるさい」といった意味だが、ムエタイ用語においては、痛いところをチクチクと攻撃してくるような選手を形容する際に使われ、多くのムエタイ選手が苦手な相手としてこのジュックジックな選手を挙げている。)

 

ところが、誰もが驚く結果が待っていた。

 

ムエタイ好きであれば既に結果はご存知かと思うが、過去一度もKO負けしたことのないパンパヤックをペットウートーンが1ラウンドに右フックでKOしてしまったのだ。僕はこの試合をネット上のライブ動画で見ていたが、思わず大声を出してしまうくらいに衝撃的なKOだった。

 

これについてはどうぞ動画でご確認いただきたい。

既述の通り、ペットウートーンのファイトスタイルはフィームーだと評されることが多いが、そこまで美しさはないように思う。これはワイクルーを見れば一発で分かる。技に美しさの宿っている選手というのは例外なくワイクルーがきれいである。そういう芸術性においてはパンパヤックの方が一枚上手であると言えであろう。ただし、ペットウートーンのトリッキーさは群を抜いている。

 

力みのない構えから奇妙なフェイントを駆使し、左右どこからでも攻撃を仕掛けてくる。本来ペットウートーンはサウスポーだという人もいるが、相手がオーソドックスだろうがサウスポーだろうが、多くの試合では右構えであり、本当のことは僕もよく分からない。ただ、右でも左でも難なくこなす選手であるということは間違いない。そして、この日はサウスポーのパンパヤック相手に左構えを見せた。これが何らかの作戦だったのか、それともただの気まぐれだったのかについては、いつか機会があったら聞いてみたいと思う。

 

いずれにせよ、この試合に限ってはこの左構えが功を奏した。あの鉄壁の防御を誇るパンパヤックの一瞬の隙きを突いて右フックを当てたのだ。パンパヤックの右フックとペットウートーンの右フックがほぼ同時にそれぞれ相手の顔にヒットしたが、よりタイミングよく当ったのはペットウートーンの攻撃であり、パンパヤックは倒れてしまい立ち上がることができなかった。いつもであれば、3ラウンドまではおとなしくしているペットウートーンだが、この日は違った。もしかしたら最初から狙っていたのかもしれない。

 

ペットウートーンのトリッキーさはリングの外でも見て取れる。

 

その1つは彼の計量時のスタイルである。多くの選手が予備計量時に1ポンド程度のオーバーでやって来るのに対し、ペットウートーンの場合は毎回3ポンド近くもオーバーで登場し、本番の計量までにリミットまでさくっと落としてしまうのだ。本人にとってはこのスタイルが性に合っているのであろう。

 

去年の今頃までは、業界のトップ中のトップであるムアンタイ、タノンチャイ、セーンマニーを相手に負け続けていたが、その後のペットウートーンの活躍には目を見張るものがあった。まずパンパヤック(シットジャティック)に判定勝ちをした後は、セーンにKO勝ち、バンプリーノーイに判定勝ち、ゲーオガンワンにTKO勝利という結果を残し、12月にスーパーレックに判定勝ちしてラジャの130Pチャンピオンとなると、その勢いのまま、2月にはカイムックカーオから、そして前述の通り、つい最近ではパンパヤック(・ジットムアンノン)からKO勝ちを収めているのだ。

 

そして、去年の3月にパンパヤック(シット・ジャティック)と試合をするまでは9万5千バーツであったファイトマネーも、その後12万、15万、16万と上昇を続け、最新の対パンパヤック(・ジットムアンノン)戦で18万バーツとまさにうなぎ登りである。

 

今後は、これまでに負けているセーンマニー、さらには、近々リングにカムバックすることが発表されているタノンチャイなどとも試合が組まれるであろうが、しばらくはペットウートーンの動向から目が離せない。

 

 

 

~続く~

記事:徳重信三

写真:『プンゴン・トー・スラット』

Photo: Hiroshi Soda

写真:早田 寛

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