【ムエタイ入門 第45回】MMAはタイに根付くのか?その4
ランバー・ソムデートM16のジムはパタヤのビーチ側ではなく山側であったが、タクシーの運転手に場所を告げるとすぐに連れて行ってくれた。
彼の作った新しいジムには結構な立派なオクタゴンまであり、他のムエタイジムとはちょっと様子が違う。
事前にアポを取り付けていたわけではないが、ランバーはすぐに僕らをジムの中に招き入れてくれ、午後の練習が始まるまで、ゆっくりとインタビューさせてもらうことになった。
― 「あなたはムエタイ選手としては珍しくMMA(総合格闘技)の世界に入り、今までずっと選手を続けてこられました。単刀直入にお聞きしますが、MMAはムエタイにとって脅威となるようなものなのでしょうか?」
ランバー:「マイ・タムラーイ・ムアイタイ・クラップ(ムエタイを破壊するということはないですよ。)これははっきりしていると思います。」
― 「でも、SAT(タイ国スポーツ統括局)のお偉い方はこれまでMMAにずっと反対してきましたよね?」
ランバー:「それはそうですね。正確に言うと、今でも彼らは正式にMMAの大会がタイで開催されることを認めていませんから。でも5月にこれだけ大きな大会が開かれたからには、これからはタイでもMMAが普及するだろうと思います。」
― 「どうしてあなたはMMAがムエタイを破壊することはないと断言できるのですか?」
ランバー:「空手やテコンドーを見てください。どちらもムエタイとは別にタイで問題なく普及しているではありませんか。誰もタイの文化に合わないとは言わないですよね。それと同じですよ。そもそもタイ人にとって格闘技といえばまずムエタイなんです。うちのジムでもMMAをやっている人(オクタゴンの中で練習する人)はたったの3~4人だけで他はみんなムエタイをやっているんです。まず、ムエタイを学んで、それから自分でやりたければ国際式ボクシングでも、MMAでもやればいいんです。ムエタイのテクニックはMMAでも役に立ちますから。」
― 「なるほど。それではこのジムではMMAのプロを育成しているというわけではないのですか?」
ランバー:「(ジムにいたガタイの良い選手を指差しながら)いえ、この選手は、近くシンガポールでMMAの試合に出場しますよ。以前はルンピニースタジアムでメインイベントに出場するような選手だったんですが、仕事もやっていなかったので、試合をやってみないかと声を掛けたんですよ。私自身もまだまだMMAの試合を続けるつもりです。」
― 「ムエタイの方はどうですか?」
ランバー:「まだジムを作ってからそんなに経っていないので、練習生の多くは小さな子供です。近所でゲームばっかりやっているような子供に発破をかけ、親を説得してジムに連れてくることもあります。基本的に試合をやらない子供からは練習料をもらっていますが、試合をやる子供からはお金は取らないようにしています。稼ぎの少ない子供の場合は、ファイトマネーも全額渡すようにしています。」
― 「5月の大会では、デートダムロン選手が日本の内藤のび太選手に負けてしまいました。これについてはどう思います?」
ランバー:「デートダムロンに勝つってことは凄いことだと思います。のび太選手の場合、打撃はまあアレですけど、寝技は上手ですよね。それにハートも強いし、スタミナもありますよね。いやー、それにしても私も日本に行きたいです。今すぐにでも行きたいです。日本にいると、時々自分は日本人なんじゃないかと思うこともあるんですよ。」
― 「はあ、そうですか。でもせっかく自分のジムをこうやってオープンされたわけですから、途中で止めるわけにはいかないですよね。それより、今後このジムからルンピニースタジアムやラジャダムナンスタジアムのチャンピオンを輩出して欲しいです。」
ランバー:「僕はちょっと飽きっぽい性格なのかもしれません。日本にいるときはタイに帰りたくなって、タイにいると今後は日本に戻りたくなるんです。」
― 「でも、日本で貯めたお金でこうやって土地を買って家やジムを建てているわけですから立派だと思います。ところで、ランバーさんは日本で数多くの選手と試合を重ねてきたわけですが、一番強かった相手は誰ですか?」
ランバー:「貝沼慶太選手です。彼が一番強かったです。自分よりも身体が大きかったってこともあるかと思いますが、とにかく色々な技を持っていてやりにくかったです。」
と、まあ、インタビューはこんな感じでMMAとは関係ない話にまで及んだ。
結局、彼の見解では、MMAがムエタイの脅威になるということはあり得ない話であり、むしろこの2つの競技は相性の良いものであるということだった。
そしてこの日のランバーを見ていて最も印象的だったことは、MMAを専門としてやるようになった今でも彼はムエタイ選手なのだなーということ。やはりタイ人にとってムエタイは骨の髄まで染み込んでいるのだと思った。
だとすると、タイ人にとってMMAは、国際式ボクシングと同様、ムエタイ選手がお金を稼ぐための1つの手段でしかないのかもしれない。つまり、ムエタイのバックグラウンドを持たないタイ人の国際式ボクシングの選手がほとんどいないのと同じく、今後、もしタイにおいてMMAが盛んになったとしても、いきなりMMAを習う選手はおらず、やはり従来通り、ムエタイがその入口になるのではないかという気がした。今回ランバーに会って、ムエタイとMMAはこれからも問題なく共存できるのだろうと強く持った。
さて、余談になるが、ランバーのジムではタイ人以外の練習生も受け付けているということであった。ムエタイに興味がある方も、MMAに興味がある方も、Facebookなどを通じて本人に連絡をとられてみてはいかがだろうか。バンコクのジムだと宿泊費込みで1カ月数万バーツというのが当たり前かと思うが、彼のジムはその何分の一の価格だそうだ。
~続く~
文/徳重信三